1.音出誌の別冊 ← →
コダマプレスは3月31日,朝日ソノプレス社は4月1日,それぞれ『KODAMA』,『ソノラマ』を本誌とする『別冊』の刊行を開始した.両社とも冒頭より,唱歌集,童謡集,民謡集など,本誌とは趣を異にするタイトルを揃えたが,岩波文庫の同名のベストセラー(民謡集は『別冊』が先行)に欠けていた『音』を提供する形となり好成績を挙げた.この『別冊』は後々まで両社の基軸となったシリーズであり,本年だけでも『別冊KODAMA』は第44号,『ソノラマ別冊』は第17号まで進む.中でも9月から11月にかけての『楽器のみちしるべ』(全6巻),『必須歌唱教材』(全9巻)と6月15日のB−4『臨時増刊・安保問題』,7月30日のB−6『実音による‘大東亜戦争’史』はそれぞれアカデミック・コダマプレスと社会派・朝日ソノプレス社を象徴する企画といえよう.
2.新刊の波 →
まず,テキスト・教本の分野では,2月25日,学習研究社が『声の月刊英会話雑誌・ENGLISH ECHO』をカード4枚付で創刊(NO.3からは,大日本ボイスの円盤型カード),同誌は有名人による英会話上達法といった記事と実用英会話+音楽なる構成で,カードのデザインも凝ったものであった.3月には,ベースボール・マガジン社がゴルフレッスンとその歌をカード2枚に収めた『スポーツエコー』を発刊するが第2号で休止.4月30日には,経済雑誌ダイヤモンド社が日本マネジメント協会編集発行による『セールス・テクニック・シリーズ』をシート1枚付のNO.1『販売訪問』より発売開始.10月には,小学館がシート5枚付の中学生向けレコード英会話雑誌『たのしい英語のレッスン・English Phone(ホーン)』を季刊として創刊.旺文社も『英語学習レコード+ブック』へのシート導入に先立ち,『中学時代一年生』7,8月号愛読者サービスとして『英語学習フィルム・レコード』を出し,12月1日には,4曲入シート1枚付の『Christmas Carols・クリスマスの歌』を発行,単行ものでは,学習研究社も59年12月創刊の『美しい十代』別冊として,11月20日,スリー・グレイセスによるシート4枚付の『クリスマス愛唱歌集』を発売している.
読む,見る,聞くの融合が効果的なもう一つの分野,絵本では,ひかりのくに昭和出版が46年1月創刊の月刊絵本『幼児の生活指導・ひかりのくに』に準拠した文,図版,音源の『VICTOR MUSIC CARD』3枚による月刊『ひかりのくに声のえほん』を4月号より自社ルートのみで販売,さらに6月,同社の名を一躍全国区にした『声のえほん』シリーズの刊行をカード2枚付の『ももたろう』,『あかずきん』より開始,本年中に第10集『おやゆび姫』まで進める.声の出演は両シリーズともNHK放送劇団出身の松下美智子であった.4月には,保育関係の育英音響が業界初のレーベル付シート(歌2枚,お話1枚)を用いた『ソノビジョン・声の出る絵本』を発行,5月には,トツパンのえほんシリーズに円盤型カード2枚付の『トツパンのレコードえほん・童謡絵本』が月刊として加わり,朝日ソノプレス社も,10月から12月にかけて,3つ折シートホルダー・ジャケットの『メイコのソノラマ童話』3作を『別冊』とは別の規格『T』で発売した.このTシリーズには,他に11月5日のT−2『THIS IS JAPAN IN SOUNDS・音の日本案内』,T−3,4『クリスマスカード』(2種)がある.
他にも,コール通信社『旬刊コール』(月2刊),サンキョー・レコード『サン・アルバム』(月刊)がそれぞれ5月,12月に創刊されたが,前者は第3号で途絶する.
3.フォノカード
本年の新刊のうち,4月までの多くは「フォノカード」を採用している.カードはフォノシート以前から,教材,贈答品,付録,宣材の分野で利用されていたが,音出誌の登場により再認識され,シートの製造がキングレコードと朝日ソノプレス社のみであった時期の代替品として多用された.
5月以降,各誌,シートに切り替えてゆくが,一般の雑誌の付録では,『サンデー毎日』の『マイニチ エコー・1960年ラッキー7』(1月10日号:森繁久弥構成・司会によるクイズ),『無線と實驗』(2月号:f0 測定用フィルム・レコード,3月号:世界の短波放送,4月号:ステレオききあるき,5月号:スピーカーききくらべ,6月号:電子楽器を楽しむ・ヤマハエレクトーン,7月号:七大洲をハムで聞く,8月号:フランスの電子楽器オンド・マルトゥノの音,9月号:音によるトラブル・シューティング,10月号:電信の練習,11月号:テスト用周波数レコード),『レコード芸術』(4月号:イーゴリ・オイストラフの声と演奏),『少女ブック』の『パールエコー』(松島トモ子のうた物語,4月号:わたしはきいろいチューリップ,5月号:ちっちゃなひみつ),,『明星』(10月号:島津貴子へのインタビュー),『女学生の友』(12月号:クリスマス愛唱歌集),また,本誌の応募券で送付されたものでは,小学館の学習雑誌4月号からの『音の教材』シリーズA,B,C規格(A,B規格は切手を追加すれば購入も可能,C規格は2号連続購読者のみ),秋田書店が『ひとみ』の応募券3号分で送付した『ひとみレコード』(松島トモ子のあいさつと歌)と,より一層利用の度を高めている.
フォノカードは,アセテートや塩化ビニールを0.05mm以下の厚みでコート,または,フィルムとして接着した紙をベースとするもので,紙の組成に起因するノイズ,コート面・台紙の強度不足といった問題があり,録音盤としての質は高くなかった.しかし,視聴覚情報が重層される効果から需要は高く,大日本印刷は,本年より展開する新規事業の第一として,カードの印刷・コーティングまでを市谷工場で行い,原盤製作・プレスをアテネレコード工業に委託して「音の出る紙・大日本ボイス」名でこれを供給,自身も『Graphic Art』創刊号に,神戸一郎,コロムビア・ローズの唄う「DNPソング」を附録した.
この種のカードの歴史は古く,既に昭和初期には,日本トーキーカード商会が田中絹代,水の江瀧子,シャーリー・テンプルといったスタアのブロマイドに同様の処理を施した「トーキーカード」シリーズを発売している.
4.東京エンゼル社 →
東京エンゼル社は,9月,『ビクター ミュージック シート』4枚付の『青春のしらべ』を『Angel Music Book 1』として発行.12月には,日本ビクター原盤による『ビクター ミュージック ブック』第1号,シート4枚付の歌謡曲オムニバス『ビクターヒットソング8』を発売,以降,洋楽全般を『Angel Music Book』,日本ビクター原盤のものを『ビクター ミュージック ブック』として発売する.
同社は,52年より人形写真による絵本や紙芝居を発行していたグリム館が54年10月にエンゼル社と改称,58年よりレコード付絵本『エンゼルブック・レコード』,59年には『すぐ役だつ英会話・イングリッシュカード』,『ミュージカル・クリスマス・カード』を発売,同年11月に社長交代,改称した版元である.
なお,上記2作以前に発売された日本ビクター原盤による『名曲花言葉カードシリーズ』,『野鳥の声』,『赤ちゃんのことば』,『お稽古用小唄集』や『世界の歌シリーズ』の『ロシア民謡集』(全2集),『イタリア民謡集』,『日本民謡の旅』(東海道篇,中山道篇)は,いずれも『ビクター ミュージック カード』を採用した商品であった.
5.音楽之友社 →
2月より企画立案・検討を進めていた音楽之友社は,5月,同社のポピュラー楽譜出版部門,水星社よりシート付の楽譜を発売,12月には,『ポピュラーミュージック・フォノシートアルバム』も発刊する.友社としての最初は,朝日ソノプレス社製シート1枚付の書籍『佐賀のわらべうた』,および,シート4枚付の『ロシア民謡アルバム』シリーズの第1巻『100萬人のロシア民謡』で,いずれも12月20日の発行である.
6.ディスク社 →
58年4月創刊の音楽誌,ディスク社『juke box』は,創刊2周年記念として5月号より『ソノ・シートセクション』を新設,技術監修に池田圭を迎え,キングレコード製のシート4枚による『J・B SONO・SEAT ALBUM』(JB規格)を附録,シート・アルバムのみの分売も行うが,8月1日発行のNO.4よりソノ・シート・アルバム『別冊ジューク・ボックス』として独立させ,NO.1〜3も改装,ラインナップに加えた.また,同社の本誌,レコード音楽雑誌『ディスク』6月号にも特別附録ディスク・ソノ・シート『アヴェ・マリア/トロイメライ』(D−1)が付いた.そして,8月20日には,ディスク社第2のシリーズ,アテネレコード工業製シートを採用したジューク・ボックス・ソノ・シート『家庭名曲アルバム』(JC規格)がスタートしている.
7.講談社 →
55年9月創刊の月刊ファッション誌『若い女性』が,4月30日,その別冊としてシート6枚付で創刊したのが『講談社の「若い女性」フォノシート』(不定期,Y規格)である.同誌はコダマプレスの2誌の創刊号に並ぶ5万部台を記録した.
この講談社参入の背景には,傘下のキングレコードがコダマプレスのシート製造元であったことが挙げられるが,その成功理由は,明らかにソフト面にあった.すなわち,『講談社の「若い女性」フォノシート』は,最新作の解説や劇中歌の歌詞・楽譜を掲載する本誌コーナー『芸能グラフ』の人気から,題材を映画音楽に絞り,8月25日発行の『「講談社」のフォノシート』第1号『たのしい童謡・唱歌集』では,TVで人気のザ・ピーナッツをいち早く起用,業界初のレコード会社専属歌手音源の収録を果たすのである.
8.有信堂マスプレス →
東大前に本社,京大前に支社をもつ学術出版社有信堂高文社が,6月,フォノシート部門として創設したのが有信堂マスプレスである.その編集部は有信堂本社内にあり,社長も有信堂の増永勇二が兼任した.資本金は100万円.
同社は7月10日より『現代詩集』シリーズ(全4集:智恵子抄,現代5人集1,宮沢賢治集,北原白秋集),9月20日『小唄名曲集1・小唄こよみ』,10月1日『日本民謡の旅1』をシート付書籍の全集ものとして刊行,それらを『マスプレスシリーズ』と呼んだ.当初,『現代詩集』第4集は,北原白秋,萩原朔太郎本人朗読の再録を含む『現代5人集2』であったが,白秋のみが『北原白秋集』として62年に発行された.
なお,シート付の書籍の最初は,有信堂が6月25日に発行した佐藤春夫『詩の本』の限定500冊,収録は『現代5人集1』と同じく著者自身による朗読である.
9.ソノブックス社 →
ソノブックス社は,59年9月にTV芸術研究月刊誌「テレビドラマ」を創刊した現代芸術協会の山本一哉社長が5月に設立したフォノカードプレス会社ソノレコードの出版部門である.編集部はソノレコード本社内,歌舞伎町の現代芸術協会の転出跡にあり,工場は三鷹台と中野区打越町にあった.
同社は9月,SONO−BOOKS「世界民謡全集」(当初の予定は全6巻だが,発売は3巻まで)の第1巻をカード4枚で,11月には,第2巻をシート4枚,および,臨時増刊として浅沼稲次郎社会党委員長追悼「沼さんは生きている」をカード2枚で,12月には,同じく別冊として20cm盤冊子の「ラテン名曲集」をシート4枚で発行,雅楽・琴・童謡10枚セットの「音の出る年賀ハガキ」も発売する.
10.筑摩書房 →
多数の長編全集で知られる筑摩書房は,9月20日,NHK『国語講座』の音源を収めたシート1枚付『方言の旅』を発行,11月25日には,業界初の本格全集もの,太田黒元雄監修による『世界音楽全集』(当初の予定は全25巻,全40巻,別巻5巻)の配本をシート4枚付の第1巻『ヴァイオリン1』より開始,12月19日には同第2巻『声楽1』を発行する.
11.課税対象
8月1日より「物品税法施行規則」の一部が改正され,童謡・童話,教材,ニュース,広告を除く全てのフォノシートに,そのサイズに応じた物品税(直径10cm以下:4円,10cmより大14cm以下:7円,14cmより大18cm以下:10円)が課せられた.これに先立ち,版元側からはフォノシート商品は第三種郵便物認可を得た出版物である旨,シートとレコードの再生能力や耐久性の違いを述べた課税反対の要望書,日本蓄音機レコード協会からはシートもレコードの一種ゆえ非課税とするならレコードも同様にすべきとの意見書が国税庁長官宛てに出されており,その概要や課税方法の具体案,問題点は5月12日の参議院大蔵委員会でも取り上げられた.
12.東販 →
東京出版販売は,3月,販売部に販売促進課を新設,その第3係を『ソノラマ』担当とした.7月からは,関連商品としてレコードプレヤーの取扱いを開始,11月には,多種展示販売が可能な展示器を設計,書店に対してフォノシートコーナーの設置を勧誘,また,フォノシートの総目録を配布,年末年始の特別セット送本も実施している.
同社は,我が国最大手の出版物取次業者であり,フォノシートに関しても,『ソノラマ』,『コロ・シート』などの独占配本,大規模な市場調査,店頭販売形態の研究・指導など,初期から中期にかけては,その流通に大きな役割を果たした組織である.
13.音出誌の低迷 ←
誕生1年にして早くも市民権を得た感のあるフォノシート出版物だが,先駆者たる総合3誌『KODAMA』,『AAA』,『ソノラマ』の前途は予断を許さぬものとなっていた.それはまず,創刊号の好成績を受けた第2号以降の発行部数の読み誤り,例えば一部地方における『ソノラマ』第3号の販売対策として現われるが,不振の原因はより深い部分器と中身との不一致”にあった.
すなわち,音出誌の特長である「聞く」は,「読む」,「見る」と違い,相応の手間と時間,装置を要し,それがまた一つの楽しみとなるわけだが,肝心の収録内容が,総合雑誌では必然的存在とされる一過性のルポやクイズ,あるいは,単発の歌や演奏,劇という状況では,音源商品=レコード=反復して使用するものと認識する多くの読者の満足を得るには至らず,文字通り腰を据えた対応となる「聞く」には,やはり『別冊』のような一号一ジャンルのシリーズ刊行と,反復聴取可能な題材が望まれたのである.
かくして,『AAA』は11月の第5号で途絶,9月発売の第11号『特集日本モダンジャズオールスターズ』で業界初のステレオシートを送り出した『KODAMA』も第13号で一時休刊,『ソノラマ』は第2巻より大型連載の導入となった.
|